『わが師わが友』 朝永 振一郎

楽しんでいたり、

何かに熱中している時、

時間はあっという間に過ぎる。

そういう経験は一般に肯定されることが多いが、

時間が過ぎ去っていくのを恐れるあまり、

逆に何かに「ハマる」ことを躊躇することはないだろうか?

まだ問題の形もなしていない何かのために、

足踏みしてしまう。


クリアすべき課題を自分で見つけなければいけない時には、

何が課題として適格かという、

一つメタな課題がつきまとう。

そうして考えているうちに、

メタな思考はさらにメタに進み、

「自分探し」に近くなるほど、

遠ざかっていく「現実」に、

焦る。

四月三十日 今日も結局、何もしないようなものだ。このごろ、いかにも理窟に合わない気分がぼくの行動を支配している。その気分の根本は時間のたつのをおそれるということらしい。それが妙なことに、だから何もしないでいたいというふうに作用する。何かすることによって、せっかくの時間が消えてしまうような気がするのだ。つまり、何かをやることによって「時間のたつのを忘れる」ことがいやなのらしい。

[目次]

  1. わが師 わが友
  2. 滞独日記
  3. 帰郷日記
  4. 十年のひとりごと
  5. 私と物理実験
  6. 鏡のなかの世界
  7. 数学がわかるというのはどういうことであるか
  8. 科学者の自由な楽園